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松尾茂利法律事務所
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2015年09月23日 [法律]

学校現場における体罰と懲戒の限界

第1 衝撃的だった新聞報道
2015年9月16日の各新聞において報道されたものであるが、文部科学省の発表によると、昨年度の小学生
の暴力行為は1万1468件で、前年を約5%上回って過去最多となったということである。これは文部科学省
が、国公私立の小中高校を対象にした「問題行動調査」の結果をによる。中高生の暴力が大きく減ったのとは対
照的に、小学生については増加に歯止めがかからなかったと言う結果であった。
小学生の暴力の内訳は、児童間が7113件、対教師が2151件、器物損壊が1997件、それ以外の人への
暴力が207件。教員を何度も蹴る、文具を隠したことをきっかけに殴り合う、登校中に雪玉をガラスに投げて
破損させる――などの例があった。暴力があった小学校は、校内に限っても全体の12%にあたる2499校に
のぼった。とされている。

第2 教師の生徒指導の限界
@これに対して教師側の生徒指導の現状が心配になってきた。この点に関連して想起されるのがいわゆる体罰
であるが、この体罰については学校教育法第11条において禁止されている。しかし、他方同条において教育
   上の必要に応じて懲戒できるとされている。そこで、この禁止される「体罰」と正当化される「懲戒」の限界
   点が従来から問題となってきて今日に至っているのである。
Aそんな中、文部科学省は、平成25年3月13日、「体罰の禁止及び児童生徒理解に基づく指導の徹底について」
という文書を教育現場に通知した。その内容は次の通りである(全文掲載)

「教員等が児童生徒に対して行った懲戒行為が体罰に当たるかどうかは、当該児童生徒の年齢、健康、心身の
発達状況、当該行為が行われた場所的及び時間的環境、懲戒の態様等の諸条件を総合的に考え、個々の事案ご
とに判断する必要がある。この際、単に、懲戒行為をした教員等や、懲戒行為を受けた児童生徒・保護者の主
   観のみにより判断するのではなく、諸条件を客観的に考慮して判断すべきである。」

「その懲戒の内容が身体的性質のもの、すなわち、身体に対する侵害を内容とするもの(殴る、蹴る等)、児
童生徒に肉体的苦痛を与えるようなもの(正座・直立等特定の姿勢を長時間にわたって保持させる等)に当
たると判断された場合は、体罰に該当する。」
    以上

Bしかし、この通知はとても一読了解な内容とは言い難い。そしてその記述は間違いなくこれまでの幾多の裁
判例の積み重ねの結果としての判断基準であるといえる。そこでこの判断基準に影響を与えているとみられる
   最近の重要裁判例をご紹介する。

第3 裁判例の検討(平成21年4月28日/最高裁判所第三小法廷/判決)
 1 事案の詳細
 (1)原告生徒は、平成14年11月当時、本件(本渡市立)小学校の2年生の男子であり、身長は約13
     0cmでした。Aは、その当時、本件小学校の教員として3年3組の担任を務めており、身長は約167c
     mでした。Aは、原告とは面識はありませんでした。
 (2)Aは、同月26日の1時限目終了後の休み時間に、本件小学校の校舎1階の廊下で、コンピューター
     をしたいとだだをこねる3年生の男子をしゃがんでなだめていた。
 (3)同所を通り掛かった原告生徒は、Aの背中に覆いかぶさるようにしてAの肩をもんだ。Aが離れるよう
     に言っても、原告生徒は肩をもむのをやめなかったので、Aは、上半身をひねり、右手で原告生徒を振
     りほどいた。
 (4)そこに6年生の女子数人が通り掛かったところ、原告生徒は、同級生の男子1名と共に、じゃれつく
     ように同人(6年生の女子)らを蹴り始めた。Aは、これを制止し、このようなことをしてはいけない
     と注意した。
 (5)その後、Aが職員室へ向かおうとしたところ、原告生徒は、後ろからAのでん部付近を2回蹴って逃
     げ出した。
 (6)Aは、これに立腹して原告生徒を追い掛けて捕まえ、原告の胸元の洋服を右手でつかんで壁に押し当
     て、大声で「もう、すんなよ。」と叱った(以下、この行為を「本件行為」という。)。
 (7)原告生徒は、同日午後10時ころ、自宅で大声で泣き始め、母親に対し、「眼鏡の先生から暴力をさ
     れた。」と訴えた。
 (8)その後、原告生徒には、夜中に泣き叫び、食欲が低下するなどの症状が現れ、通学にも支障を生ずる
     ようになり、病院に通院して治療を受けるなどしたが、これらの症状はその後徐々に回復し、原告生徒
     は、元気に学校生活を送り、家でも問題なく過ごすようになった。
 (9)その間、原告生徒の母親は、長期にわたって、本件小学校の関係者等に対し、Aの本件行為について
     極めて激しい抗議行動を続けた。
(10)そういう状況の中、原告生徒は、被告Aから、威圧的な言動により体罰を受けたために、外傷後スト
     レス性障害(以下「PTSD」という。)になったとして、被告A及び国家賠償法1条に基づき被告天
     草市に対して、353万5559円の損害賠償の請求をした。

2 熊本地裁・福岡高裁の判断・・・教育的指導の範囲を逸脱している
   熊本地裁は、上記(6)の行為は、個人的な感情をぶつけたもので、教育的指導の範囲を逸脱している、
    としたうえで、原告生徒のPTSDとの因果関係も認め、およそ65万円の損害賠償の支払いを命じました。
     その中の主なものは精神的損害(いわゆる慰謝料)分の50万円でした(請求額は300万円)。
  その上級審の福岡高裁はPTSDについては否定したものの、胸元を掴むという行為は、喧嘩闘争の際にし
    ばしばみられる不穏当な行為であること、逃げる被控訴人を捕まえるためにあえて胸元を掴む必要はない
    こと ( 手を掴むなどのより穏当な方法によることも可能なはずであること)等から、Aの行為は、社会通
    念に照らし教育的指導の範囲を逸脱するものであり、学校教育法11条ただし書により全面的に禁止され
    ている教員の生徒に対する「体罰」に該当する行為であると認めるのが相当である。としました。
3 最高裁の判断
Aの本件行為は、児童の身体に対する有形力の行使ではあるが、他人を蹴るという被上告人の一連の悪ふざ
   けについて、これからはそのような悪ふざけをしないように被上告人を指導するために行われたものであり、
   悪ふざけの罰として被上告人に肉体的苦痛を与えるために行われたものではないことが明らかである。Aは、
   自分自身も被上告人による悪ふざけの対象となったことに立腹して本件行為を行っており、本件行為にやや
   穏当を欠くところがなかったとはいえないとしても、本件行為は、その目的、態様、継続時間等から判断し
   て、教員が児童に対して行うことが許される教育的指導の範囲を逸脱するものではなく、学校教育法11条
   ただし書にいう体罰に該当するものではないというべきである。したがって、Aのした本件行為に違法性は
   認められない。としました。
4 そこでこれら裁判所の判断を先ほどの文部科学省の通知に即しながら整理してみます。
  年齢差 小学校2年と20代
  身長差   130pと中肉中背(167p)
 Aの行為の目的
     熊本地裁・・感情をぶつけたもの
     最高裁・・・今後の悪ふざけの制止・防止(立腹の感情が併存可)
態様・・・・胸ぐらをつかみ、大声で怒鳴る
   継続時間・・短時間

5 こういうふうにしてみると熊本地裁・福岡高裁と最高裁の事実認定の違いは、Aの行為の目的をどうとらえ
   るのか、と言う点に尽きることとなる。熊本地裁等は怒りの感情にまかせた行為と認定し、その反面、教育
   目的の存在を否定していたのに対し、最高裁は、教員が立腹してため「やや穏当を欠くところがなかったと
   はいえない」としても、それと同時に本件行為は悪ふざけの防止の教育目的であったという、教育者として
   のあるべき目的・態度の併存を肯定した上で、なおその後者の教育目的達成のため(立腹と言う事情があっ
   たとしても)相当な目的達成行為であったと言えるのかと言う判断構造をとっている点が熊本地裁等との大
   きな分岐点になっている。ただ最高裁判決においても、「行為の目的」という主観的要素を単に教員の主観
   のみから認定することなく、かかる目的が客観的に認めうるものであったかどうかの状況的証拠等を十分吟
   味して認定しているのは注意点である。
 そうすると本最高裁判決の意義は、教育者も人間である。聖人扱いすることなくその行為の意味を判断し
   て良いと言う点に先例的価値を見いだしうることになるのではないかと思われる。

第4 この裁判例から学ぶべきこと
本件裁判は以上のような体罰と懲戒の限界という問題以外に、このタイプの問題の解決方法ということに学ぶ
  べき部分があります。
1 激しい抗議行動
裁判所から「いささか行き過ぎの面がある」と評された原告生徒の母親の対応・態度とはどういうものか
   について判示内容からピックアップしてみます。
@平成14年12月3日午後7時30分ころから、小学校において、話し合いがもたれた。この話し合いに
    は、原告生徒の母親、その実兄、校長、G(教頭)、F(教員)及び被告教員Aが出席した。
  まず、Gが当時の状況を説明したところ、その状況説明の途中から、原告の母親の抗議が始まった。原告
   の母親は、「原告は成長過程の重要な時期にあり、その過程でAに恐怖心を植え付けられ心に傷を負った。
   これが将来に影響すればどうするのか。」、「講師Aの監督責任は管理者である。校長及びGの今後にも影
   響するかもしれない。」、「伝統あるA小に講師Aのような先生はいらない。」、「学校側からの謝罪を文
   書で回答してもらいたい。」、「事案発生から今日までの間に、なぜ原告に被告Aは謝らなかったのか。」、
   「自分が要求しているのは講師Aがいなくなることである。」、「警察に突き出そうと思えばできる。」、
   「教育委員会とか天草教育事務所、県教育委員会に言うこともできる。」、「弁護士に相談することもでき
   る。」、被告Aは「3年A組の児童の胸元を掴む行為をしている。」、「女の子にはしていない、そういう
   ところには悪知恵が働いている。」、「講師Aのような子供を育てた親の顔が見てみたい。」、「抗議して
   きたことを親に言っているのか。」といった抗議を一方的に続け、最後には原告の母親の実兄が原告の母親
   の帰宅を何度も促す状況が続き、午前0時ころ話し合いは終了した。

A原告の母親の抗議から原告が被告Aを恐がっているということを知ったため、被告Aは、G及びFと相談
    の上、12月9日午後2時ころ、F立会いのもと、原告に対し、恐い思いをさせてごめんねと謝り、Fが、
    許してあげると原告に聞いたところ、原告はうんと返事をした。

B12月9日午後6時20分から午後7時35分まで、原告の母親から、Fに対し、電話で、なぜ被告Aを
    原告に会わせたのか、子供がはっきり理解していないのに、勝手に謝られてもそれは学校の身勝手だ等と
    いった内容の抗議があった。(

C12月10日午後0時30分ころ、Gが来校を促す電話を原告の母親にかけたところ、原告の母親は再度、
    文書による回答と原告の心のケアをすることを要求し、裁判を起こすことを話した。そして、Gに対し、
    裁判に訴えたらどうするのかと話し、なぜ裁判を取り下げてくださいと言わないのかと詰問した。Gは、
    それを強制的に止めることはできないのでと対応したところ、その電話に立腹した原告の母親が校長室を
    訪れた。校長は、PTA、保護者、地域との信頼関係を築きながら日々の教育活動を実施している、指導
    が適切でなかったところは謝るべきだし、至らなかったところも反省しながら協力関係を高めようとして
    いる、その関係を築いていくべき間柄での文書のやりとりはそぐわないとの説明を行ったが、原告の母親
    は、文書での回答をあくまでも要求した。

 D12月17日午前10時40分ころから午前11時40分ころ、Gは次の話し合いの期日を決めるため原
    告の母親に電話をしたが、同人からは学校の対応が変わらないならこれ以上話し合いをしても意味がない
    ので話し合わないといった内容の返事がされた。その話の中で、なぜ暴力教師をそのまま放っておくのか、
    僅か8歳の子供に手を出すというのは犯罪である、後で告訴もできる、教育委員会にこのことを伝えれば、
    管理職に「おとがめ」があって当然のことだ、校長とGはこのことをうやむやにしようとしている、本渡
    市立A小学校の管理体制がなっていない、管理職としてA講師を教育委員会に突き出すべきである、PT
    A会長にこのことは言ってあるのか、といったことが原告の母親から述べられた。

E12月21日午後1時ころから午後4時ころ、原告の母親が被告A自宅を訪れた。その時、被告Aが不在
    であったため、被告Aの母親が対応した。

F翌平成15年2月9日の授業参観に、原告は欠席した。同月11日に原告と同人の母親が登校してきた際
    に、Fが、なぜ授業参観を欠席したのかと尋ねたところ、原告の母親は、原告が授業参観には行きたくな
    いと言ったので欠席させた、大勢の人が教室に来るのが恐いのでしょうねと述べた。しかし、Fが原告に
    直接聞くと、同人は、「お母さんが授業参観に行かんでよか。貧血で体調が悪いからつれていけないとも
    言った。」と述べ、原告は、授業参観で司会もするので参加したかったと述べた。

G 原告の母親は、教育委員会に対しても来庁の上、一方的な抗議をした。また、教育事務所をも訪れ、同
    指導課長に対し、4時間に渡り抗議を続けた。

H 原告の母親は、平成18年に入ってから、被告Aを刑事告訴し、同人は警察署で事情を聞かれた。

2 検討
@上記は一部をピックアップしているのですがそれでも抗議の厳しさはおわかりいただけるかと思います。
    何と本件事件は刑事告訴という事態まで引き起こし、さらには原告の母親が被告の自宅まで押しかける事
    態まで生じているのです。一般的にこの手の事件は、学校との話し合いで解決すべきであり、かつ、でき
    るのではないかと言われますが、常にそうではなく、学校との話し合いが最初から成立しない場合もある
    と言うことも通常の事態であるとして認識しておくべきです。そうすると本件事件のような事態が起こっ
    た場合、最初は学校と保護者間での話し合いでの解決を模索するのは良いとして、それが困難という見込
    みが立った場合にはできうる限り早期に第三者機関のような部署を設置して冷静に解決する道を選択すべ
    きと思われます。その設置手法は、昨今取り沙汰されている、いじめ防止対策推進法におけるような第三
    者機関を想定することになるかと思われます。
Aこの第三者機関による解決が、裁判による解決より優れていることは次の点でも明かである。本件では原
    告生徒はPTSDの症状を訴えており、裁判としては福岡高裁で否認されたわけであるが、仮にPTSDと言わな
    いまでも何らかの精神的な障害が生じているような場合には現に生徒に生じているその障害に対応しつつ
    学校生活を送らせることになるわけである。これに対するケアは裁判所による解決スキームでは全く望め
    ないのに対して、第三者機関による解決スキームではきめ細やかな対応を可能にできるのである。またこ
    のような機関を間に挟むことで両者のコミュニケーションを断絶しないという重要な役割を果たすことが
    期待できる。

Bところで第三者機関による解決スキームが優れているという前述の結論は時間と労力の観点から見ても
     正当化されうるものです。本件の時系列を整理すると次の通りとなります。

 平成14年11月 事件の発生 原告生徒 小学校2年生
 平成17末(?) 民事提訴
平成19年06月15日第1審判決 金65万4145円
平成20年02月26日第2審判決     金21万4145円
平成21年04月28日 最高裁判決    0円

C なんと事件発生から最高裁判決まで7年の歳月が費やされているわけです。そして最高裁判決でこの問
    題がスッキリ解決したかというとそうではありません。ただ損害賠償請求権としては認められないと言う
    法的判断がなされただけです。道義的問題も含めて多くの問題は解決していないのです。本件のタイプの
    問題は金銭の問題ではないのは分かっていますが時系列表を見てもおわかりの通り最高で65万円の損害
    賠償請求権の存否のために7年の歳月をかける価値があると言えるのかは疑問です。そしてこの長い裁判
    の間、原告生徒は中学生になっているはずです。天草という非常に田舎で係争されている(失礼ですね)
    わけなので、この7年間居心地の悪い、どこか白々しい生徒と教員の関係しか築けなかったのではと心配
    するばかりだが、熊本地裁判決に「 現在(中学校)では、体育祭のときに応援団長を務める等、元気に学
    校生活を送っており」という判示がなされている点で少し癒やされる。



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